ゆるくてかたい26才おなごの日記

気持ちはかるーく心はゆるーく。おかたいところも、あるんだな。気ままに書いてます。

私の母について思うこと。

昨日、母に会った。顔を見た時、猫なで声で声をかけられて、きもちわると思った。帰ってきたの?その一言がなんか気持ち悪くて。

私は必要とされていないのに。ああ帰ってきた、私をお母さんでいさせてくれる人って言われているようでなんだか気持ちが悪かった。甘えたいって顔に書いてあるようだった。逆じゃね?ふつう。

荷物をとって帰ろうと思ったら、ほら手紙を持って行きなさいと声をかけられて、立ち止まる。私がいなきゃダメなんだから、面倒見てあげなきゃいけないんだからという雰囲気が我慢ならず思わず口から出てくる。

「お母さんは私のこと、自分が面倒見てあげなきゃダメだと思ってるでしょ」

「えー!思ってないよ!思ってない」

「でも、家帰ってきたらアレしてあげなきゃとかコレしてあげなきゃとか思うでしょ?手紙とかもそうだし」

「なるべくさー考えないようにはしてるんだよー?」

「考えないようにしてるってことは、そこにしたいって気持ちがあるじゃん。思ってるよね?」

「えーそれくらい思わせてよぉ〜」

なんだかいつもこういうやりとりになってしまって、その度たまらなくイライラする。そう思ってるだろうことはわかるのに、必ず初めに否定するんだよね。

なんでこの人は自分の気持ちを否定してるの?人の話を素直に受けられないの?と思ってしまうが、これはなー。なんなんだろう。認めると、やめなくちゃいけないからそれを避けてるのかな。

 

帰りがけ車を運転しながら「しっかりしてる自分」をずっと母に否定されてたことに気づいた。だから余計受け入れられなかったんだなーって。ぽろぽろ泣く。

否定じゃないのかもしれないけど、「お母さんがいなきゃダメな私」でいてほしかったから、なんでもしてくれていたのだろう。私のために謝ることも、私のために家事をすることも。その方がお母さんでいるのに都合がよかったから。

ぽろぽろ泣きながら胸が泡立つのを感じる。チョコモナカジャンボを食べると体の感覚は胃に集中することで弱まり、ストレスを感じると甘いものや過食に走る人がいるのは、体の感覚をごまかそうとしてるのもあるのかなと思った。苦しさがにぶくなるのよね。

母の知り合いに会うと身構えるのは、母が私のことをどんな風に話しているかわからず、それによって「母の娘のゆるちゃん」として見られるのがこわかったからだと思う。何もできない、わがままなゆるちゃん。

馴染みの床屋さんでも、母がいる時と、私一人だけでかかっている時は、お姉さんへの態度がだいぶ違う。母がいる時はなんか居心地が悪かった。

 

母とのことはたぶん子どもの私が抱える一番の難所なんだろうなーと思う。苛立ちもせず、近からず遠からず、いい距離を保ち、一人の人間として見られるようになったら、私の課題はひとまず大きい区切りがつく。まだかかりそうだな。対話と時間と、感情と向き合うことが大事なんやきっと。