ゆるくてかたい26才おなごの日記

気持ちはかるーく心はゆるーく。おかたいところも、あるんだな。気ままに書いてます。

きちんと食べる

忙しければ忙しいほど、疲れていれば疲れているほどおろそかになる。ごはん。

以前はお菓子を貪り食べていたかと思えば、ストレスが重なるとぱったり三食すらほとんど食べられなくなっていた。

 

いちばん食べられない時、朝はヨーグルト、昼は汁物(具抜き)、晩ごはんは祖母の作ったごはん。おかずと味噌汁のみ。炭水化物食べる気がしなかった。お腹が空いたらアイスを食べていた。

そうするとどんどん体重が減っていったので、それに気づいてからはダイエットはしなくなり、成り行きに任せていた。そういう期間はだいたい1月くらいはつづく。食べられるけど、自分にとって必要だとおもう量が途端に少なくなる。

 

今日はそこまでじゃないのだけど、このところの忙しなさに押されてあんまり食欲がない。鏡を見たらなんかちょっと痩せてる。

痩せちゃうだろうなーとおもって、昨日一昨日と晩ごはんは定食を食べに行ったのだけど、やっぱ休みはこうなるのよね。

なんか食べものを見てもおいしそう!とはおもうのだけど食べたい!とあんまり思わない時は、あー疲れてるなとおもう。

 

自分のことを、自分の傾向を把握して、対処するって大事な気がしている。傾向と対策。

へろへろな時はお風呂入るとしゃっきりするとか、何かしながら立ったまま飲み物飲むとむせるとかね。しょーもないが。

 

携帯の機種変更して、服買って、用足ししたらなんか疲れちゃった。お風呂に入ったらさっぱりした。

今日もっと自分を甘やかしとけばよかったな。家を出なくてもよかったのにがんばり癖が蘇っている。ここ数日の疲れは、前のやり方を一生懸命踏襲しようとしている疲れのような気がする。こわいんだ色々。そこをきちんと掘り下げないと元の木阿弥だな。頭で動いてる今、けっこう体と心がどん底に陥りやすい。

 

祖父の死後、信頼できる利用者さんにちらほらお話をしている。休む都合もあるし、人生の超大先輩から話も聞きたくて。

笑いを共有できる人は、悲しみも共有しようとしてくれるのだなとおもう。尊重し、慮ってくれている。ありがたい。

まー顧客にそんな話をするなという人もいるかもしれんが知ったこっちゃないよね。私なりの信頼関係である。

 

つらいのに笑っててえらいなあと泣いてくれる人もいたし、会うたびに今はつらいだろうけどがんばれと声をかけてくれたりする人もいた。新聞に載ってたよと教えてくれた人もいた。

「こんなにちゃんとして育って、素直で、いい家庭の中で育ったんだろうとわかる。その家族がいなくなるのはつらいだろう。悲しみは続くだろうけど、悲しむことがおじいちゃんのためにもなるよ。供養になる」

そんなふうに言ってくれた人もいた。思わずぽろぽろ泣いてしまった。公私混同はなはだしいけれどね。人に恵まれているなあとおもう。一人じゃ抱えきれなかったけど、家族が混乱状態の時に打ち明けられる話でもなかった。近しい他者の存在というのはありがたい。

みんなだいすき。そういう人と、生活の一部でも共にできていて、仕事としても関わりをもてているのがすごくうれしい。この気持ち分け合いたいな。分け合ってるけど、もっともっと。ほかの同僚にはわかってもらえなさそうだけど、家族のように思っている。もちろん全員がそうではないけど、おじいちゃんやおばあちゃんが何人もいる感じ。

 

あったかいもこもこのパジャマを買ったら心まであったまるようだった。スイートオレンジくんかくんかして今日は寝よう。