ゆるくあたる日記

気持ちも心も、ゆるーくかるく。ものごとにあたってゆけたらいいな。

事実の効用

今日、すこし困ったことがあった。

職場の先輩が辞める都合で、仕事のシフトをすこーしだけ、変える必要があった。そのこと自体はたいしたことじゃなくて、2週間に1回の残業が1週間に1回に増えるだけのこと。しかもたったの30分。

 

問題は一緒に残る先輩が、それを渋っていたことだった。どうにか今までどおりのやり方にしたいみたいで、すこし苛立ちを交えて話していた。私が話すたび、不満げになって口をつぐんだり、言い返してきたりした。

 

今思い返すと、後輩だし言いくるめられると思ったんだろうし、自分の考えに意見されて面白くなかったのかもしれない。

 

私はといえば、まわりのやり方に習ったほうがいいと思う、というようなことを言った。怒りに押されて意見を飲むと思われたのもやだったし、譲らなかった。

私だって残業しなくて済むには越したことないんだけど、それはそれ。ルールがある。お金ほしいからって銀行強盗に走らないのと同じことだ。

 

くだんの先輩が帰った後、どうしたもんかと考えた。うーん…と思って、あまり話したことはないけど、3番目にえらい先輩に相談してみた。

その時、とにかく主観や私情を挟まないことを意識して話した。今までのやり方と、先輩と私のそれぞれの意見。どう思いますか?と聞くと、

「あなたの言ってることが合ってると思うし、これまでのやり方もやめる先輩が勝手に決めたことだよね。元通りにするのがいいと思う」

との意見をもらえた。それがすごーく新鮮な感触だった。

 

たとえばここで、「こんなこと言われたんです。腹立つ!」と言おうものなら、まあ落ち着けよってなると思うし、結局解決策まで辿り着けない可能性すらある。あるいは、怒りにまかせて自分の都合のいいように言葉を書き換えて、事実を捻じ曲げてしまう可能性もある。

 

こういうものの伝え方もあるんだなーとわかったのは、すごい発見だった。話が早いっていうのかな。

 

最終的に自分がどうしたいか。

苛立ちをぶつけられて嫌だった気持ちに共感してほしいのか、慰めてほしいのか。あるいは問題の解決策を得たいのか。

今回は利益の関わらない中立な第三者からの意見と、そこからの解決策がほしかったから、すんごーくありがたかった。

 

ものの伝え方で、得られる結果も変わるんだなー。